≈ 45 daq. masofadaFushimi Inari-taisha- Masofa
- 3,6 km

安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)は、京都市東山区にある神社。旧社格は郷社。通称「縁切り神社」の別称で知られる。天智天皇の時代に藤原鎌足が当地に藤原家一門の繁栄を祈願した仏堂を建立し、藤を植樹して藤寺と号したのがそもそもの始まりである。平安時代、崇徳上皇は藤寺の藤を愛でると共に、寵愛している阿波内侍を住まわせて、たびたび御幸し、久安2年(1146年)には堂塔を修理している。上皇は保元の乱に敗れて讃岐国に流罪となった際、阿波内侍に自筆の尊影を下賜した。そして上皇が讃岐国で崩御すると、悲嘆にくれた阿波内侍は出家して尼になり、崇徳上皇の自筆の尊影を藤寺観音堂に奉納し、塚を築いて遺髪を埋めて日夜ひたすら勤行した。治承元年(1177年)、崇徳上皇の自筆の尊影が奉納された藤寺観音堂に大円法師が参拝した際、上皇の霊が現れたことから、後白河法皇の詔によって建治年間(1275年 - 1277年)に崇徳上皇を祀る光明院観勝寺が建立された。これが当社の起こりとされる。阿波内侍が築いた塚は整備されて御影堂(現・崇徳天皇御廟)が建てられた。
≈ 30 daq. masofadaKinkaku-ji TempleKerakli joyni topolmadingizmi? Qidiruv tizimi har qanday tilni tushunadi. Qidiruvni ochish